「嫌われ松子の一生」

先に映画を観ていたせいもあり、映画の場面をなぞるような読み方になった。なので、小説そのもののイメージ喚起力がどれほどのなかわからない。が、面白く読めたことは確かである。

愛を求め続けながらも現実に裏切られ続けた悲惨な一生が描かれているのだが、筆致は自己憐憫に陥ることは決してなく、むしろコミカルなタッチといえ、その分、松子の一生が客観視できる。

気になったのは松子の一人称という叙述スタイル。松子の語りが誰に向けたものなのか不明(過去を想起して一人語る、という設定でもない)で、三人称の語りにして客観性を徹底したらよかったのでは、と思った。

修学旅行での事件の成り行きなど、普通あり得ない成り行きとなるが、これは一種のファンタジーなのだと思う。だからそんなことは気にする必要などないと思い直す。作者に表現したいものが明確な形で存在することが伝わってくる作品であるのは間違いない。

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「おとなしいアメリカ人」

グレアム・グリーンの「おとなしいアメリカ人」をハヤカワ文庫で読了。.つまらない。「権力と栄光」よりいくぶんマシだが、それでも日本語がだめである。二度と読み返す気は起こらないであろう。

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「地ひらく」

福田和也による石原莞爾の伝記だが、興味が有ったのはその時代背景の方。なので昭和史理解の一助として購入。読了後、その役目は果たしてくれた、と云い得る。昭和史に興味のある向きは一読する価値があると思うし、米欧の政治情勢の分析も記されており、それも大きな価値がある。

伝記を書く著者がその人物に惚れるのは当然で、福田氏もその主人公に魅せられているが、筆は客観的たらんとしているので感情的な臭みはない。そのせいかどうなのかわたしには石原莞爾がそんなに魅力的な人物とは映らなかった。

気になったのは著者の文体。走りながら書いているような(あるいは書き飛ばしているような)文体が、カチッと綺麗に枠に嵌まるがごとき文体を好むわたしにとっては、その内容の魅力を減じさせる方向に働いてしまった。これは好き嫌いの問題だから仕方ないけど、文の流れを断ち切るような箇所での不自然(と感じられる)な二字熟語の使用などもあって、石原莞爾の生涯や昭和史の軌跡といった内実とは別に、むしろ著者の独特の文体のほうが印象強い、という変な結果を残してしまった。

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「権力と栄光」

ハヤカワ文庫でグレアム・グリーンの「権力と栄光」を読了。

翻訳物を読む度に思うのだが、稚拙な訳文のいかに多いことよ。これではグリーンの引き締まった文体が伝わらないどころではない。日本語として読み通すことが困難である。翻訳物は版権を自由にして複数の出版社に競争させたらいいのに、と思う。駄目な翻訳はさっさと淘汰されてほしい。

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並木蕎麦、近現代史のウラ

渡部昇一の『この国の「義」を思う』を読んでいたら、後半に驚愕の記述が。昭和3年の張作霖爆殺事件は関東軍の仕業ではなくコミンテルンの仕業、とか、「王冠を賭けた恋」のエドワード八世の結婚相手シンプソン夫人がナチスのスパイだった、とか、ハル・ノートの起草者であるハリー・ホワイトというルーズベルト側近はソ連のエージェントだった、とか。論文ではないのでこの書物にはその根拠が詳しく書かれてはいないが、あげられている参考文献は読む価値がある。

浅草の有名な並木蕎麦に行ってきた。相当にレトロな外観で店内もそのまま。ざる3枚と、相方の天ぷらをつまみぐいした。うーん、お代と鑑みてたしかに特別な不満はないけど、またすぐに行きたい、という味ではなかった。これなら、前回行った「さやの湯処」に併設されている食堂の蕎麦のがおいしかったような気がする。

705NKの液晶保護シート、カメラレンズ部分の貼付けに失敗。まあ、ちっちゃいレンズだし、ホコリや傷が付きやすいとも思えないからいいか。

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